カリカセラピを理解する為の8つのヒント
- 「一物全体」
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「全体」は「部分」の総和ではありません。例えばカリカセラピの原材料であるカリカパパイアの成分を分析して、それぞれ分量正しく集めて固めても決してカリカパパイアにはなりません。また、皮を剥いたり、種を取ったりしても、カリカパパイアではなくなってしまいます。生命はそのもの丸ごと、全体でもって一つの「命」なのです。
メーカー・株式会社 済度が見つけた、奇跡のフルーツ「カリカパパイア」という果物の「生命」を頂くために、カリカセラピを作るときは丸ごと使用させて頂いているのです。
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- 「種という、完全なる生命体」
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何千年も前の遺跡から発見された種を蒔いたら発芽したという話はよく聞かれます。硬い殻に覆われて、深い地中で水や養分を取り入れることなく、また日の光に当たることもなく何千年の時を経た後に、土にまかれて適度な空気と湿度と温度の中で発芽するのです。つまり、種はそれだけで一つの命として成立しているのです。
そんな種の一つである「米」をわれわれ日本人は主食としていますが、パンや麺を主食としている国々も多く、その材料である「麦」もまた種ですね。芋を主食としている民族も多いですが、「芋」もまた、種と同様と考えてよいと思います。
人間は、「種」という完全なる生命体を主に食べること(=主食)で命をつないできて、そしてこれからもそうして行くのです。
カリカセラピの原材料であるカリカパパイアは、生命力の証「種」がいーっぱい詰まっています。そしてこの種も材料として使用しています。
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- 「皮の役目」
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西洋の民間療法であるホメオパシーでは、「免疫とは、自己と非自己の区別をすることである」と説かれています。
私たち人間の自己と非自己を区別する最初の砦は皮膚です。皮膚の外が非自己で内が自己ですね。ですので、皮膚は免疫の最初の砦と考えて良いと思われます。これは他のものでも同じで、もちろんカリカセラピの原材料、カリカパパイアでもまた同様です。皮で命をつなぐ、大切なものを守っているわけです。カリカセラピを作る際は、この皮も捨てることなく、材料として使用しています。
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- 「美味しいものが必要なもの」
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ここまで種と皮のお話をしましたが、おいしい味のする実の部分もまた、重要なファクターです。パパイアをはじめとする果樹たちは、果実を動物達に食べてもらうことで子孫を拡散させ、より多くを残すことを目的としているはずです。
その果樹達の、動物達が美味しいと思ってくれるように創意工夫を凝らした傑作が、果実の美味しさなのだと思います。つまり果樹という生命体の、私たちへのホスピタリティがこの部分に詰まっていると思うのですね。そこに判断は要りません。五感は誤らないのです。自分が美味しいと感じるものが自分にとって必要なものです。
カリカセラピもまた、食べて「美味しい」「もっと食べたい」と感じたら、貴方にとって必要なものだと考えてよいのではないでしょうか。
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- 「生命力と野生の話」
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カリカセラピの原材料となるカリカパパイアが野生であるということは、カリカセラピという商品を語る上で非常に重要なファクターです。カリカパパイアを半分に割ると
非常に沢山の種が出てきます。私たちがスーパーなどで買うことができるパパイアは、より美味しく、肉厚になるよう品種改良され、果樹園で育てられていますが、その種はカリカパパイアの数分の一しか見られません。どうしてだと思いますか?野生では種が多くなくては子孫が残せないからです。一本の木から毎日いくつも採れる実からは累積何千・何万の種が落とされるでしょう。何億かもしれません。しかしそのうち木に成長し、実を成すことができるのはごくごくわずかな数です。その過酷な競争に勝ち残った種でもってしてやっと、強烈な紫外線が降り注ぐ過酷な自然環境の中でも子孫を残せるのです。適度な温度管理のもと、毎日適度に水をもらえるパパイアに、多くの種が必要ないことは想像に難くありません。
野性の過酷な競争が、カリカパパイアの生命力の源となっているのは間違いないでしょう。
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- 「発酵と腐敗」
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発酵と腐敗は、似てはいますが、全く非なるものです。同じところは、菌の仕事であるということ、生き物を分解し、水と土に返す作業であること。違うところは、関与する菌の種類、その作業途中に毒を発するかしないか、そしてその作業時間の長さです。発酵では長い時間をかけて、その時々でいろんなものに変化しながら、水になります。
例えばお米は発酵するとお酒になりますね。更に発酵が進むと酢になり、やがて水となります。こうしてその時々の姿と味わいにゆっくりと変化しながら水になるのが発酵です。これに対して腐敗は悪臭を放ちながら、とても食べる気が起こらない色・姿に変化しつつ、あっという間に水に帰ります。どちらも母なる地球に帰るという目的地は同じでありながら、その過程は大きく違いますね。
私たちも生物として、この地球上に長く幸せに生きていたいと思うものとして、「発酵」を知り「発酵」を手本に生きること、また「発酵」したものを食すことはとても有意義なことだと思います。
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- 「発酵できる素材と環境」
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発酵するか腐敗するかは、特に自然界においては、その素材と環境によって決まるところが大きいようです。つまり、発酵菌と腐敗菌は、好む素材(=エサ)と環境が全く違うからです。発酵菌が好む素材は、生命力がある素材です。発酵は長い時間をかけて行われるので、生命力がないと難しいのだと思われます。また発酵菌と一口で言いますが、じつは数え切れないほどの種類の菌がいて、その発酵の過程それぞれで関与する菌が交代していくので、それらが好む環境(温度・湿度・明るさなど)はまたそれぞれです。
カリカセラピは最低でも1年かけて発酵・熟成・乾燥させた食品です。例えば一般的な納豆の平均的発酵期間は1週間、味噌や醤油でも半年ほどですが、それと比べてみても随分長い時間がかかっていることがわかります。その分関与する菌の数も膨大となるので、菌と対話しながら環境を整え見守る、製造者の菌とのコミュニケーション能力が、成否のカギとなるのですね。美味しくなぁれ〜、みんなの役に立つカリカセラピになぁれ〜・・・そんな製造者と菌たちの間に生まれた愛の結晶!それがカリカセラピSAIDO-PS501なのです。
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- 「あなたはあなたが食べるものでできている」
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You are what you eat.カラダは食品で育まれ、心は芸術や人の愛等で育まれる・・・と思っていませんか?私はそう単純な話ではないかもと思っています。カリカと出会って4年、毎日心身を観察していると、先ずは肉体がそこにあり、その肉体の細胞が心を生み出していることをヒシと感じるからです。そして、食事という行為を単なる栄養摂取とは思っていません。
我が家では無農薬・無肥料で愛情を込めて育てられた農作物を主に頂いていますが、感謝を込めて口にしていると、栄養やカロリーだけでなく、命と心、そして彼らが私たちを「美味しい!」と喜ばせたいと思う愛など様々な「情報」を摂り入れているのを感じるのです。このように生命力と愛情溢れる食品を感謝し、味わって食べることで、生命力と愛情溢れる心身を得られるのではないかと思います。同じ出来事でも、その体でもってする経験とそれ以前の体でする経験では、結果としてできあがる血肉心が違ってくるでしょう。とはいえ、心と体は実に密接で、気分転換等で体調が良くなるということももちろんあります。ただ、もっと根本的で普遍的なところでは、生きた肉体の存在が先ずあり、それだけはゆるぎない事実だということをお伝えしたいのです。カリカセラピが食べた人それぞれにとって役に立っている理由もまた、ここにあると思うのです。
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| カリカセラピ PS501 100包 ¥25000(税込み) |
カリカセラピPS501 40包 ¥12000(税込み) |
カリカ石鹸 ¥1700(税込み) |









